どんなに綺麗なものでも死んだら?
063:蝶の墓場
ひらひらと舞うそれはたぶん綺麗とかそういう形容をされるのだと思う。
「蝶だ」
目で追いながら言った卜部に藤堂がすかさず喰うのかと聞いた。卜部は蝉も蜻蛉も喰うから食文化の地盤を心配される。あんた俺が虫なら何でも喰うと思ってんな。藤堂のそばへ取り巻く面子が不在で二人きりであったから気安い口を利く。脚の間をさらした相手に取り繕うべき外面はない。喰わんか。真面目な顔で言われた。
「蝶は…鱗粉が面倒でしょうよ」
「そういう基準での喰わぬなのか…」
藤堂も卜部も軍属であるから過酷な状況にある程度耐えられるし鍛えてもいる。皿に乗っているものだけが食事だとは思わないし必要となれば用足しも着替えも水浴びも済ます。軍属というのは戦闘要員であって、戦闘というモノはお上品な場所やルールでのみ発生するものではないのだ。だから藤堂だって状況になれば虫も喰う。そも、敗戦の色が強い国の軍属だ。配属される場所は将校室ではなく野戦場だ。物資の経路が断たれる事も多いから現地調達する。その選択肢の中に虫があるだけだと思うのだが集まる面子には嬉々として喰う理由が判らんと言われる。卜部自身は喰えないものではないし工夫によっては美味いと思っている。
「物色しているように見えた」
「正直すぎますよアンタ」
もっとオブラートに包め。いくら言っても藤堂が微妙な顔をするのは楓蜜やら醤油やら度が過ぎるからだろう。藤堂の部下として四聖剣の別称をいただきながら、その四人のうち半分が極端な食習慣を持っているともなれば上官として微妙な顔もしたくなるか。言い方をぼかしたところでお前たちはやめないからな……。卜部が楓蜜に虫であれば、朝比奈という面子は醤油だ。これが手あたり次第なんにでもかけるのだ。西瓜やプリンや甘いものにかけてどうすると思うがコーヒーにも垂らす。あれは不味い。そう言ったらあんたにだけは言われたくないと諍いになった。
「それで、蝶がどうした」
何かの合図や徴か? こういう生真面目なところが藤堂が藤堂であるゆえんだろうと思う。他の面子なら蝶まで喰うなよと一蹴して終わる。
「墓場」
「墓場?」
それはまた縁起でもないな。ほら、獣は死に際に墓場に集まるって言うでしょう。蝶の墓場か? 群れるのかなって思っただけですよ。お前は死に場所は自分で選びたいとよく言うからな。それこそ獣ではあるまいし。
「蝶って群れたら綺麗ですかね」
藤堂がきょとんとした。そうだな……色が綺麗なら、群れたら綺麗、か?
「まぁでも、死んだらなんでも同じか」
それまで綺麗だったものも墓場に行ったら穢くなりますかね。また極端なことを言うな。
「墓場というからには墓標でもなければな」
灰蒼が眇められた。私にはお前こそ蝶のようだがな。どういう意味で? 卜部は自分が蝶という形容を使われるなりではないことくらい知っている。そこにいるのに捕まえられない。ことさら素早いとか機敏だとかではないのに掴みどころなく捕まらない。
お前をつなぎとめるよすがが曖昧で
気が付くといなくなってしまいそうで
「…気をもむ」
はァ、そうっすかね。がしがしと縹藍の髪をかくと藤堂が真顔で食生活的にも是正したいなどと言いだす。居心地悪く目線を泳がせる。ふ、と藤堂の方から視線を外した。
「お前は墓標を立てることもさせない気がする。気が付いたらいなくなっていそうだ」
沈黙がおりかかったところで藤堂がふぅと息をつくように苦笑した。ずいぶんと話が野放図に脱線したものだな。飛躍が過ぎる。卜部も苦笑する。そォすね。戯言ですよ。
「素直に蝶を食ってみたいって話した方が良かったですか」
「……やめなさい」
余計な一言であったらしかった。
《了》